向田邦子著『思い出トランプ』

市井の日々からきりとった風景にひそむ人の弱さと怖さを端的な筆致で描く。直木賞受賞作「花の名前」「犬小屋」「かわうそ」を含む全13編の傑作短編集。
旦那の死に待ちをする妻とか、娘の中に実母に似た女の顔を重ねて嫌気を覚える中年男だとか、それ自体はわりとうんざりするようなテーマも、書き手の視線に「しょーがないよね、うちら人間だもん」みたいな愛と抑制がきいているので報われる。短編だからだろうけれども、最近の語りすぎの本に慣れているとあまりにも語らなすぎに当初めんくらう。でもちょっとした人の所作や風景描写のすべてに無駄がなく、そこに含まれる信号を読み取るのが著者と1対1の勝負をしているようでまた楽しい。文章はとても映像的。水上勉の解説によればこの活写を「みごとな人生画帖」というらしい。なるほど。著者は直木賞を受賞した後に1年後に飛行機事故で他界。あー、やっぱ惜しい。