江國香織著『神様のボート』

あたしとママはあたしが生まれてすぐに旅にでてそれからずっとママがいうところの「旅がらす」だ。あたしとママは旅がらすをやめることはできない。パパに会うまでは。
葉子はダブル不倫のすえに不倫相手の男の子供をみごもった。相手の男は経営していた楽器屋の経営が傾き、債権者から逃れるために失踪した。男が去り際に残した「必ず僕が君をみつけるから」と言う言葉を信じ、葉子は娘をつれて放浪し続ける。身勝手な母と、それをみながら成長し疑問を覚えていくようになる娘の20年弱のものがたり。
なんてふうにあらすじだけを書き出すと陳腐っぽいけども、そんなことはぜんぜんです。絵國キャンバスにかかれば、こういう話もパステル調で涼しげ。母の柔らかな狂気と、それを冷静に捉える娘の視点と、交互にいれかわって話がすすむのが実にうまい。
しかしなあ。こういう状況で過去のすべてを捨てて放浪しつづけるなんてありえるんだろうか、両親とも没交渉では相手から問い合わせがあっても居場所を知らせることができないじゃん、本来ならば捜しやすいようにひとつところにいつづけたほうがよいのではなんて思ってしまうけれど。それでもまあ、なんとなく納得できてしまうのはピアノ講師で美人な母・葉子の浮世離れした雰囲気と、物分りのよい娘・草子との関係がPaPa told me*1の父娘家庭みたいに穏やかだからでしょう。
あ、もしかして、男から連絡がない事実を知ることが怖くて彼女は放浪しつづけていたのかという邪推もなりたつか。いやいや、そういうふうでもなかったよなあ……。葉子さん、やっぱりなんか不思議な思考回路をなさっているのね。神様のボートに身を任せているから、回路というより海路かな。
待てば海路の日和あり。

*1:Young Youコミックス、榛野 なな恵著、信吉パパと娘知世の日常をほのぼの描いた傑作漫画。NHK教育でドラマ化されたものの原作だけども、ドラマはまったくの別物。普通の日本人にあの雰囲気がだせるわきゃないので下手なドラマ化はやめてね、と思うのです。Papa told me 27 (YOUNG YOUコミックス)