村上龍著『最後の家族』

リストラ寸前の父、精神的不倫中の母、ひきこもり暴力をふるう息子、進路に悩む娘、全員が苦悩を抱え停滞していた内山家。ふとしたきっかけから家族は急速に崩壊しはじめるが、やがて新しい家族のカタチに光明をみいだす、波乱の3ヶ月間の家族八景
一つの出来事が毎回四人の視点から四回語りなおされるので、読者は家族の誰がそのときになにを考えていたのかを全員ぶん過不足なく知ることになる。不在時にどこでなにをして、なにをされて、なにをどう考えたのか。そして在宅時の言動のトリガーがどこにあったのか。全員の感情を理解し同調することができるようになる。息子が暴力を振るうのにも彼なりの理由や理屈や感情があるように、父が不機嫌なのにも、母が家庭以外に逃げ場を求めるのにも、娘が家で明るく振舞うのにも、すべてにおのおのの理由と理屈と感情があるということを。たとえば、母という役割を演じ続けてきた女性ならば、これを読んだ後には夫、娘、息子からの視点をより具現的にイメージできるようになるかもしれないし、理解したりない部分があったような気にかられるかもしれない。息子の立場で読めば、周囲から理解されない苦痛や不安や怒りにハタと共感し、同時に自らを客観視することができるようになるかもしれない。悩んでいるのは自分だけではない、父や母にも苦悩があり感情があるのだということに本当の意味で気づくかもしれない。そういう力がある本だ。
物語の中で息子はひきこもりをやめて、自立する。彼を煩悶から救ったもの。そこに家族(人)がそれぞれを救うためのヒントをみつけることができる。

親しい人の自立は、その近くにいる人々を救うんです。
一人で生きていけるようになること。
それだけが、誰か親しい人を結果的に救うんです。

人という字は支え合って出来ているが、それは依存するということではない。