地震のこと(4)


マンション管理の常駐職員らが走り回り現状確認をはじめていた。うすらぼけた薄緑色の制服が今日はやけに頼もしく見える。
「そのあたりは陥没しているので近づかないように」
誰かの注意が飛ぶ。
さて自分たちは室内の心配をしないと。
中はどうなっているんだろう? 中に戻って大丈夫なのか?
建物全体をざっと目視したところ、外から窓ガラスが割れている様子はうかがえない。傾いてもいなさそうだが、もはや地面が平らではないので楽観的すぎる予測かな。
泥水の川を超えマンションの1段目に足をかける。段差が通常時の倍以上あり少しよろけた。この落差は地盤が沈下したことによるものだ。
部屋までは当然エレベータではなく階段を使う。おそるおそるステップへ足を載せ一歩一歩確かめながら上がっていく。どうしても階段には崩落イメージがつきまとう。
建物の壁や床の亀裂はないかと目を凝らす。一見したところ特に目だつ予兆はなさそうだが。
ストッパーで半開させておいた自宅ドアをさらに全開までオープンさせ、室内へ。あれだけ大きく建物が動いたのだから、どれほどひどいことになってもおかしくないはずだと覚悟を決める。
ところが、
玄関周りには変化がない。異様な静けさ。有事の際は靴を履いたままで入れと言われているがこの様子ならばと、泥だらけの靴を脱ぐ。
リビングに入る。
「あれっ?」
食器棚も、壁に立て掛けた姿見も、台の上の薄型テレビもそのままの位置に鎮座している。棚から何かが落ちているとか、花瓶が倒れているなどの異常はまったく認められず、パソコンの電源は入ったままブログ更新直前の画面が光っていて、すぐに座ってさっきの続きをしてもいいのかと錯覚してしまうほど。
壁にもたせてあった紙袋がずり落ちるように倒れていたのが唯一の変化で、どこをみても室内には強震の爪痕とおぼしき被害、痕跡はまるでない。
なんだか嘘みたい…。
パソコンの前に座り、ブログ更新操作をしてみる。
接続が切れていた。当たり前か。PCの電源を落とす。
「えっと…とにかく貴重品を」
といっても通帳その他はすべて貸金庫に預けてあるのでお財布ぐらい。まず財布の入った鞄をたすき掛けにする。
これからどうするんだろう…避難所に行く?
だとしたらとりあえず、なにがいるんだっけ? えっと、なにがいるの? なにがいるの?
動物園のクマのようにウロつき、手を無意味に上下させ、
なにがいるの? ええっなにがいるの?
約1分ほど、頭の中がループしていた。
「えーい、落ち着け、自分っ!…とにかく、そう、ラジオだラジオ。だよね?」
電池式の小型ラジオをつかみ、さらに、鋏、ちり紙、ウエットティッシュを鞄に突っ込んだ。
ほかはなにがいるの? なにがいるの? なにがいるの? なにがいらないの?
やばい。びっくりするほど頭が回らない。
あ、また揺れた。怖い。ここにいたくない。
とにかく外へ戻ろう。人のいるところへ。
倒れそうなボトルなどを高所から床へ下ろし、冷蔵庫以外のすべてのコンセントを抜き、キッチンのガスの元栓を閉める。上着を着てスニーカーを履いて玄関のカギを掛けた瞬間、心細くなった。
またここへ帰れるのかな?