NHK-SP『沸騰都市』第7回シンガポール

頭脳流出でアメリカへという流れは以前から指摘されていたが、ひそかにシンガポールへという流れができていたのか。定年で大学を去らねばならない教授が研究室スタッフごとそっくり海外へ渡ってしまうという話にはぎょっとした。
シンガポールの企業では潤沢な予算、最先端の機器、使いたい放題の実験動物を用意され、好きなだけ研究に没頭できる。その充実ぶりならば日本から去るのも無理からぬと思える。そこにウソはない。しかし学者にとって天国ばかりでもないともいう。じっくり腰をすえて探求する科学者に対して、短期間での結果を求める企業。短期で目に見える成果を求める成果主義が立ちふさがる。普通の仕事なら努力次第でなんとかなる部分もあるが、研究については運も大きいから、これはかなり難しい要求だ。
ある邦人学者は“成果の改善”を求められ、ネイチャー誌への論文掲載で起死回生の逆転を図ろうとして挫折する。
「掲載するにはインパクトが弱いそうです、ははは…」
涙目の彼を見て、少し危ういものを感じてしまったのは私だけではないだろう。彼が、というのではなく、この環境に。研究者に性急に成果を迫りすぎると数字を改ざんしたり結果を捏造したりという誘惑に駆られてしまいかねない。念のためにもう一度言っておくと、決して彼がやりそうというのではありませんよ。彼はしないでしょう。でも同じ状況に陥った学者が1000人いたら、1人ぐらいは…と不安を覚えたわけです。
さて話はグルっと周り、シンガポールの底辺へ目をむけ、インドなどからの外国人労働者を取り上げる。彼らの実情は、ドバイ編での労働者たちにまるきり重なる。低賃金で劣悪な住環境に押し込められ、世界不況のあおりであっさりと職を失い、自国へ退去させられる。
「子供にはいい教育を受けさせたい。使い捨てにされない仕事につかせたい」
と、シンガポールを去るひとりの外国人労働者
人間を使い捨てにするのか?と記者に問われたリー・シェンロン首相は、
外国人労働者はバッファである」
と淀みなく言い切った。いやはや正直すぎて薄ら寒い。だが結局のところ、言えるか言えないかだけのことで、本質的には日本でも同じようなことが行われている。しかも外国人労働者のみならず、同胞に対してであるからいっそう薄ら寒い。
沸騰といいつつ、なにやらいろいろ背筋が凍りついてしまったシンガポール編でありました。
さて、昨年10〜12月期のGDPが年率換算で12.7%減なる恐ろしい数字が内閣府から発表された今宵、『沸騰都市』はついに東京へと忍び寄る。絶対零度の氷の世界か、はたまた少しは明るい未来への糸口を見せてくれるのか。ちなみに同日放送のNHKニュースウォッチ9は「GDP衝撃の下落か?各地から悲鳴…雇用をどう守る」、テレビ朝日系『報道発ドキュメンタリー宣言』では「あぁ倒産列島ニッポン給料ゼロ…不渡り危機涙のリストラの全記録」を放送する予定…ううっ。