『愛についてのキンゼイ・レポート』

1948年にアメリカで発表された学術書「キンゼイ・レポート」。人間の性行動について膨大なリサーチから分析した世界初のセックス報告書は全世界で賛否両論の大反響を巻き起こした。これを発表したキンゼイ氏の伝記映画。
わずか50年ほど前にはアメリカの社会はこれほどまでに性に保守的だったのか、たった50年で人間の意識と言うものはここまでかわるのか、ということがまず驚きである。
高名な昆虫学者であったキンゼイは自分の科学知識に誇りを持っていた。異様な執念で虫の標本で部屋を埋め尽くす虫オタク。しかし学生にノーマルなセックスはなにかを問われたときに返答に窮す。なぜ答えられないのか、知らないからだ。虫や動物の性行動についてならあまたの分析がなされている、知りたければ本を読めばいい。だが人間の性行動についてそれがない。情報がない。で、オタクパワーで、性行動も収集することにしたわけです。
自分の性衝動が正常か異常かを測る尺度がまったくなければ不安ですよね。めったやたらと相談できるようなことじゃなし、人から「異常だ」と決め付けられればそう思い込む。性に異常なまでに臆病になったり、極端に走りもする。無知は恐怖を生む。厳格すぎる父とキンゼイの対立もそうした無知が生んだ悲劇のひとつであることが終盤に明かされます。性に対して異常に保守的な父親。親子のほとんどはじめてに近い対話シーン。キンゼイ氏が父親に向かって一連の「性に関する聞き取り調査」を行うシーンはぐっときました。
映画には随所に見所があります。ピーター・サースガードの妖しい目線がいい。リーアム兄さんの激情ほとばしるxxシーンがみられるとは…あうう、生きててよかった。妻役のローラ・リニーがさらに素晴らしい。夫から男性経験(!?)を告白され、よもやこうくるか!と意表をつく。愛嬌と度胸がすわっていてすばらしい。非常にセキララにセックスや同性愛を扱っている。口に出しずらい単語がぽんぽんとびだす。しかし下品ではなく、キワモノでもない(キワモノだったらどうしようと思っていた)。真っ向勝負、丁寧に真摯に描かれている。姿勢が真摯であるがゆえに、レポートに対する当初の賞賛から、反響が大きかったゆえの反動といった展開が読めすぎて、見ているのがつらくなる部分もある。人生をかけたレポートが、死後どのように扱われ、現在どう評価されているのか、テロップでフォローがあればよかったのにな。
劇場窓口で配布された黄緑色の小冊子は、2005年楽天調査版現代日本のキンゼイ・レポート。試みとしては面白い。そのわりに中味はたいして面白いとは思わなかった。性に関するレポートがもはや氾濫しすぎているからか。キンゼイ・レポートが発表されたのは1948年。アタシの親は読んだのかしらね?