吉野家・牛丼1日だけの復活劇


吉野家に車ごと突入しちまった大阪の大工さん、お店の前の長蛇の列に「しまった、売り切れちまう」と焦ったのでありましょうか。そんなに牛丼が食いたかったのか、ま、気持ちはわかります。最初は食品安全委員会かなにかの牛丼テロかとも思いましたが。
吉野家は、苦肉の策の豚丼も牛なべもそれなりに美味いので今でもたまに足を運びます。でも牛丼のあった頃に比べるとやはり頻度はがくんとおちた。よく行く店舗は(ってかほとんどそこしか行った事ないです)有楽町駅店。あそこは牛丼関連ニュースのたびにたいてい取材が入るので、もしもアタシが今日訪れていたら画面の端にうつったかもしれない、牛丼をむさぼりくらっている姿がへたすりゃNHKあたりで全国放送で流れてしまったかもしれない。うーむ。たかが牛丼、されど牛丼。食っただけなのにニュースに出てしまうだなんてイヤンである。ま、ニュースで採用されるのは子連れか、「え、牛丼屋にこんなかわゆい子が?」みたいなビジュアル女か、いかにもな牛丼オタクなあんちゃんと相場が決まっておる。アタシの場合はスルーされるだろうから完全な取り越し苦労だけどもさ、まんいちにでも画面の端のエキストラなアタシを知り合いに発見されたらちょっと恥ずかしい。間の悪いもんでそういうときに限って発見してほしくない人に発見されちゃうもんなんだよ。という理由で今日復活の牛丼を食いに行かなかったわけじゃない。行けるモンなら行きたかった。ああ、食いたかったなぁ牛丼。ちくしょ、美味そうに食いやがって〜。

米国産牛肉の輸入が再開されて牛丼が完全復活したらまたまたトップニュースになるだろう、よほどのニュースがない限り。愛されているよねぇ、吉野家国民食だね、牛丼は。しかしである。輸入解禁を「検査が困難な若い牛に限って」つまり「検査できないんだから安全なんだよ」というブーメラン超法規的理屈が正しいのかそうでないのかは小学生でもわかる。牛丼屋や焼肉屋の窮状も。だが食品の安全性を守ることが、企業の存続よりも優先度が高いのは自明ではなかろうか。空気も水も汚れちまったこの国で、せめて牛丼ぐらいは早い安い美味い安全の四拍子なのを食わせておくれと思うのですが、それすらも今は贅沢なのでしょうか。