本日のよろこびごと。(436)


歴史には 名を残さずも 凡庸が勝ち(喜)
昨晩BSジャパンで観た映画の感想っ♪

16世紀英国、女性の婚姻が一家の繁栄につながる時代、ブーリン家では姉アン(ナタリー・ポートマン)をヘンリー8世に召し出すが、王が目を掛けたのはすでに人妻であった妹メアリー(スカーレット・ヨハンソン)のほうであった。仲の良い姉妹の亀裂はやがて壮絶な運命を呼び込み…英国国教会創設に至るきっかけとなった事件をヒントにした歴史ロマン
いやはや荘厳かつ壮絶な姉妹の確執でしたのう。この映画を一言で言い表すなら”皮肉”。
もともと才色兼備の姉は妹を見下していたふしがあり、それ故さらに王の関心を惹いたのが自分ではなく妹であったことに対してものすごい挫折感を覚えるのですな。さらに(自業自得とはいえ)宮廷を追われフランスへ送られることの屈辱はいかばかりか。美しい顔のゆがむ瞬間は、ナタリー・ポートマンゆえにいっそうに怖かった。
妹メアリーは、姉ほどの聡明さも美貌も持ちえなかったかもしれないが、献身的で純粋な心根に、宮廷の権謀術数にうんざりしていた王は安らぎを見出す。夜伽の夜に王は言う、
「いつも姉の陰に隠れてきたのだろう。2番目でいることのつらさは良くわかる」
映画の中では語られなかったがヘンリー8世自身も次男であり、兄の死によって王位継承権を繰り上げられるまでの葛藤があったことをにおわせ、繊細な人物かと思わせる。ま、あくまでもこの段階ではね。田舎での平凡な幸せを望んでいたメアリーも暴君と思っていた男の意外な優しさに触れ、愛情を覚えるようになり、そして愛の結晶を身籠るのであった。
しかしここからです、ヘンリー8世が一気にクズ化していくのは。男っていうのはほんにしょーもねー。妊娠中に体調を崩して少し相手ができなくなっただけで、すぐに他の女を求め始め、夜伽での心の交流はなんだったのか?という節操のなさをみせやがる。愛人の実の姉なのに…という逡巡すらまったくなく。
王の心の隙間(というか性欲?)につけこんだ姉アンは、フランス王妃仕込みの手管でまんまとその歓心を奪い去ることに成功する。欲望はすぐにエスカレートし、王妃がいたヘンリー8世をそそのかしローマ法皇への離反を決意させてしまう*1。あの英国国教会の誕生秘話が、単に王が新しい女のために離婚したくてという下卑た事情だったとはね。なんだそりゃー。
民衆から悪魔、毒婦と中傷されようとも己の欲望に忠実なアンは王妃に座に収まってニンマリ。かくしてひとときの勝利を得はしたものの、結局女は世継ぎである男児を産むための手段にすぎない。もともと王自身を愛していたわけでもないアンには、長く王の心をつなぎとめる小手先以上の手段を知らず、彼女もまた使い捨てされる運命にあったという“皮肉”。己が追放したキャサリン王妃と同じ運命をなぞることになるのである。
世継ぎを産むことができず、早産したことを王に言い出せないアンが踏み込もうとした最大のタブー…そのくだりはあまりにも哀れすぎて、いままでの悪事の数々を帳消しにしてしまうほど。映画では未遂だったけれど、たぶんこの時代にはこういうことは歴史の裏で行われていたんだろうね。女が自分らしく生きることが許されない時代に己の才覚で道を拓こうとしたアンの失意が、胸に刺さる。
そういえばアンがはじめて王と契るシーンも哀れの極みでした。ヘンリーとメアリーのエロ・ロマンティックシーンが長くて芸術的で、うっとりさせてくれるものであったのにアレはあまりにも…。アンは妹に問う。
『貴方との時、王はどんなだった?』
『信じられないくらい優しかったわ』
『…そう』
アン、墓穴。
姉とは真逆に、流れに身をゆだねて生きてきた妹メアリーは、王の寵愛と息子を得たものの歴史からその姿を消す。しかし結局のところブーリン家で幸せに生涯を終えることができたのは唯一…という“皮肉”。
最大の“皮肉”は、アンの産んだ女児が後のあのエリザベス1世となるという史実であるけれども。って、ええっ、そーなの? いやあ、なんかすごオチだなぁ。
こういう歴史ドラマをみるたびに歴史の凄さ面白さに感動し、その勢いをかって史実を調べてしまう。そして実はかなり脚色されているということを知って、脱力してしまうのだが、これもまたしかり。それでも一見以上の価値がある映画です。

*1:ローマカソリックでは離婚が不可能であったため