東京『東京フィル第691回定期演奏会』


Bunkamuraオーチャードホール 2004/7/3 15:00

ワーグナー 歌劇「タンホイザー」序曲
・ベルク ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」
ブラームス 交響曲第2番ニ長調作品73

 指揮:チョン・ミョンフン
 ヴァイオリン:庄司紗矢香

Pさんのお招きでまたしても生オーケストラにありついた。ありがたや、ふふ。

クラシック鑑賞の前にワインを飲むというとてもチャレンジャーな状態で挑む。しかし事前に「今日はこないだよりもさらにすごいのよ〜。チョン・ミョンフンに、庄司紗矢香!!」と言われ、「きっと有名な人なのね。でも知らないわよん」なアタシはネットでお二人に関してリサーチをしておいた。そして確かに「すごいらしい」ということはわかっていたので、気合がはいる。人間、気が入ってさえいればワインがはいっても寝ないものなんですね。ええ、今回も眠り猫にならずに完・鑑賞!

チョンさま(ヨンさまに倣えばミョンさまか?)が舞台にお出ましになるときには楽団員が立ち上がって迎える。その人たちの中を通ってくるときには頭半分くらい、あ、小柄なんだという印象。ところが曲がはじまるとその小さな体が大きくみえる。ぐいんと引き寄せられるような感じがした。
中学生ぐらいのころ、落語を聴きに行ったときのこと。トリを飾った今は故人の超大御所。袖からちょこちょこでてくるときは、えらく小さなお爺ちゃんだなあ、足元も少々おぼつかない感じ、大丈夫かいなと心配になったものだけれども、ひとたび舞台中央に鎮座し一つ息を吸ってひょいと発声しだしたとたんに、おおっ!? 場内の空気がおじいちゃんの中へと吸い込まれて一つになっていくようなぎゅーんという流れができた。そのあとのウチラはもうおじいちゃんのなすがまま。まるで妖怪じじいが口から蜘蛛の糸を放って、それに会場中の人がみんなからめとられて、引かれれば笑い、緩められれば驚くというような状態で、ああ、これが芸というものか、達人というのはまったくすげーもんじゃと思ったもんである。
今回ぐいんと引き寄せられたような気がしたのは、たぶんにコチラの「すごいんだ、この人は」という事前の学習成果もあったろう。演奏中、客席からは後ろ姿しかみえないし。しかしその姿を表情を眼の前にした楽団員たちには、そういう達人マジックがよりいっそう効いていたにちがいない。引き寄せられて、そして操られてしまっていたことだろう。終演後にPさんが言った、「やっぱ、彼が指揮をしているときの東京フィルは音の出方が違うような気がするよ」。「気のせいかもしれないけれど」と断りおきをしたにせよ、きっと実際にそうなんだろうなと思う。もちろんそういうマジックが働くだけの実績を積んで彼が築きあげてきた評判があってこそなのだ。
残念ながら猫の耳にクラシックなアタシの場合は、彼のタンホイザーと他の指揮者のタンホイザーがどう違うのかなんてわかりゃせん。かろうじて、そうそうタンホイザーってこういう曲だったわ、元気がよい曲ぢゃね、と思うぐらい。ごめんね、猫耳で。
ベルクの曲はマーラー未亡人アルマと2番目の夫建築家ワルターの間の娘マノンの夭折(享年18歳)を悼んで作った曲だそう。「ティアーズ・イン・ヘブンみたいなもんだね〜」「まあそうだね」。
その曲をソリストとして演奏するのが若干21歳、見た目も可憐な天才ヴァイオリニスト。パガニーニ国際ヴァイオリンコンクール最年少優勝、イタリア育ちの庄司紗矢香http://www.universal-music.co.jp/classics/shoji/。そう思って聴き/観ると、マノンの優しさを表現した第一楽章も、突然の暗転をみせる第2楽章の暗い旋律もなにやらよりいっそうドラマ性が増してきよる。ラストに平らかに引き続ける一音に、少女のやすらかな昇天の表情を幻視したり……なんてなアタシは暗示にかかりやすすぎか。でもそういうふうに思い込み強く聴いたほうがお得だと思う。テクニックがすごいのはきっとそうなんだろうなあとしかいえないし。猫耳にも想像力。
紗矢香嬢はこの一曲のみ。でアンコールにはバッハのヴァイオリンソナタを。ベルクは正直言うとやはり現代音楽らしく少し耳なじみの悪いところもあったのにくらべ、こちらはとてもすんなりうっとり。できうるならば、このソロを50人ぐらいの小ホールで皮膚が震えるくらいの距離で聞いてみたいなと思っていたりした。
ブラームス。とても起伏の激しい曲。チョンさまの動きも激しい、大ヴァイオリン部隊(すごい人数だったよなあ)の一糸乱れぬ動きも激しく。あー、なんか楽しそう。一糸乱れぬと書いたけれどもよくみると、おんなじ第一バイオリンを弾いていてもノリノリで席からおっこちそうなぐらいに動くヒトもいれば、手だけ動かしている機械人形みたいなヒトもいる。おもしろい。でもやっぱりチョンさまが一番おもしろかったけど。両手を上にあげたり、横に広げて十字になったり、子供の頃に思いえがいたようなまさしくこれぞ指揮者の動き。白髪頭も揺れている。チョンさま、もしかすると脱いだら上半身の筋肉がすごいのかも…なんて不謹慎なことを思ってしまいました。耳ばかりが頭までが猫並みですから。うはは。
こんなことを書いているようじゃ、二度とコンサートに連れてってもらえんかのう…。
そういえばチョンさま、翌日には日韓親善の音楽界でビオラを演奏する皇太子様の後ろでピアノを弾いてらっしゃった。働き者。